中村 俊夫 (9地区) 掲載日:2023/9/11

 私は昭和10年1月24日に生まれましたのでもう88歳、米寿なのです。それで5月に琵琶湖が見渡せる大津プリンスホテルで息子夫婦と孫達を招いて米寿の祝いをしました。

 しかし実は私は生まれながらの大偏食で果物、野菜がほとんど食べられないのです。それに当時は運動しないと健康になれないといわれていましたが私はスポーツが嫌いでほとんどしていなかったのです。ですから子供の時から「お前はすぐ死ぬ」と皆んなからいわれていました。

 それなのに、私がこんなに長生き出来て人並以上に元気なのは何故なのでしょうか。

 それは私には沢山の趣味があってその趣味で活動し続けて来たからだと思うのです。

 そうなんです、まず1番目に、子供の頃、金沢のデパートで演奏していたバンドに刺激されてギターを始めたのがきっかけで、昭和32年に大阪の松下電工に入るやいなやスイングアロハというハワイアンバンドを作ってごく最近まで活動していたのです。

 2番目に、青春時代、金沢大学に通学していた頃、ダンスパーティがはやりダンスを習った私はその後も踊り続けたのです。そして結婚して家内もダンスが好きでしたから二人で踊り、パーティでデモダンスを踊ったり、公民館でダンスを教えるようになりました。

 そして定年後、ダンスが最高の健康法という信念で京阪コミュニティクラブを設立して、毎月メセナひらかたや渚体育館でスイングアロハの演奏でダンスパーティを開催し続けたのです。

 3番目に家内が私のスイングアロハの前でフラを踊りたいといい出したので、東京からレフアとも子先生を招いてフラダンスを始めたのですが折からのフラブームで家内は大阪と東京でフラを踊るようになり、ついには「リリアナ二」という名前をもらってプロになりフラ教室を作ってごく最近まで活動し続けたのです。

 また、以上述べた趣味の他に、マジック、紙でエッフェル塔などの建築物をつくるペーパークラフト、1枚の紙から連なった数羽の鶴を折る連鶴折り紙、三味線、ウクレレ等々、沢山の趣味で活動していたからだと思うのです。

 しかし今、これからの私の健康法はカラオケです。カラオケは今、ナルクのカラオケ同好会、松下OB のカラオケ同好会等々、幾つかの会で歌っていますし、家の近くにある4、5軒のカラオケ喫茶、練習用にジャンカラ、時には枚方市総合文化芸術センター等々で家内と一緒に歌っています。そうなんです、カラオケにどっぷりはまっているのです。カラオケは大きな声を出すので高齢者には格好の健康法であり、これだけで元気に長生きできるのです。

 前に私は「風の中の自叙伝・素敵に燃えた青春」という本を出しました。この本は今でもアマゾンに註文すれば入手できます。この度この本に似ていますが、以上に述べたようなことを書いた「私の趣味と人生・米寿を迎えた今(24ページA5版、無料)という小冊子を自分で作っています。

 もし興味がある方は先般、事務所に置かせてもらっています。ご自由にお持ちかえり下さい。